系統班 

クジラ類と偶蹄類の系統解析

哺乳類は全部で約20の目に分類されていますが、そのうち海に進出した哺乳類は数多く 知られています。
例えば、クジラやイルカ、ジュゴンやマナティー、アザラシ、ラッコなどです。

その中でも特にクジラ目(Cetacea)に属するクジラは海の王者と呼ばれるほどに本格的に 海という環境に適応している種であり、その形態や生態も非常に特殊化しています。 

かつてアリストテレスがその著書の中でイルカが哺乳類であると記載して以来、 イルカ・クジラ類は私たち人間にとって非常に身近な存在でした。
また形態学・古生物学 が進歩するにつれてこのクジラ目に最も近縁な哺乳類は何なのかということが盛んに議論さ れてきました。
そして形態学者や古生物学者がクジラと様々な哺乳類との化石形態を比較した 結果、クジラ目は哺乳類の中でも偶蹄目(ウシ、ブタ、カバ、ラクダなど) との共通祖先から分岐してきたという共通の見解が10年ほど前から言われてきました。


すなわち、ここでは偶蹄目が単系統であるということがしばらく信じられていたのです。


一方、分子系統学の分野では、クジラと偶蹄目との系統関係に関しては共通の見解をなかなか 得ることができないままでいました。

なぜなら、系統解析に用いるサンプルとしてどの種の DNA配列を用いるかによって異なる系統樹を支持してしまうといった、統計学的に不安定な 結果が得られてしまうからなのです。

例えば、反芻亜目、猪豚亜目、クジラ目、アウトグループの代表として、 それぞれファロージカ、イノシシ、ハシナガイルカ、クロサイを用いると、従来の形態学から 支持された上図の系統樹を100%の確率で支持します。
しかし、サンプルを変えてそれぞれウシ、 ペッカリー、ナガスクジラ、クロサイを用いて計算すると、クジラ目と反芻亜目が単系統で猪豚亜目や核脚亜目が外側になるという系統樹も99%で支持されてしまうのです。

このように、分子系統学ではサンプルや比較する配列や計算方法を変えると、様々な系統樹が できてしまうことがあるため、結果に対する高い信憑性なかなか得られないのです。
しかし 系統進化に関しては事実が2つ以上存在することはありません。私たちはできるだけ真実に近い 系統樹を知るために、これまでとは全く異なる手法を開発しました。


私たちの研究室では、SINEと 呼ばれるゲノム上の反復配列を指標として系統関係を 明らかにするという手法「SINE法」を確立してきました。

SINEのコピーはゲノム中のある 位置に挿入されると抜け落ちることがほとんどないため、これらが進化のどの時点で挿入され たかを比較することで、種の分岐した順序を知ることができるのです。

私たちはこのSINE 法を使えば長らく論争の的になっていたクジラの 起源を明らかにすることができるのではないか考え、研究を進めてきました。
そしてクジラと カバと反芻亜目(ウシやマメジカ)にのみ存在するSINEファミリー(CHRと名付けた)を 発見し、このSINEの挿入パターンの比較を行いました。 

その結果、クジラが偶蹄類の共通祖先から分岐してきたのではなく、偶蹄目の一部から 分かれてきたということが明らかになりました。

つまり形態学・古生物学によってそれまで 信じられてきた系統関係は誤りだったのです。

またクジラ目に最も近縁な哺乳類は、偶蹄目の中でもカバであるということも証明できました。

さらに、かつての偶蹄目・クジラ目の祖先からはまずラクダの仲間が分岐し、次にブタやイノシシ、次にウシ・キリンなどの反芻亜目、そしてカバ、クジラの順に分岐していったということが明確に示されたのです。


このことは、形態学的に間違いないと信じられてきた系統を真っ向から否定し、 また分子系統学で もほとんどはっきりしなかったクジラの系統に関して明解な答えを提示したという意味で、 全世界に強烈なインパクトを与えました。

このようにして、これまでの長年の疑問であった クジラの起源、そして偶蹄類内部の系統関係の問題ははSINE法を用いることによってよう やく解決したのです。


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